「廠」に垣間見る泡盛の歴史 崎山酒造廠

酒造所見学ツアー第2弾! 3蔵目は崎山酒造廠さんへ。 

小雨が降る中、ウエルカムボードが出迎えてくれました。さりげない心配りが嬉しいですね(^^)

酒造所の外観はこんな感じ。歴史を感じつつもモダンな印象もあり、とってもオサレ。

奥には、かまぼこ型の屋根が見えます

工場の中をひと通り見せてもらいましたが、この日は工場がお休みでしたので残念ながら作業中の写真はありません。

 

しかし!作業中の写真はなくてもこういう写真ならあります。

まずは松藤Tシャツ

職人ぽさに惹かれて、ついついお買い上げしてしまいました。お次は・・・

「松藤粗濾過(44度)」

少し前に泡盛を大人買いしたので今回は自粛モードを貫いてきましたが、ここでしか買えない商品とか聞いちゃうとダメですね。

濾過を控えめにして、素材の旨味を濃厚に残した泡盛なんだそうです。

 

ところで、前から気になっていた崎山酒造廠の「廠(しょう)」ってなに?「所」じゃないの?っていう謎が工場を見学して解けて、スッキリしました。

 

崎山酒造「所」ではなく、なぜ「廠」なのか?

敗戦直後の沖縄では泡盛メーカー以外にも各地で自家用酒を造っていたそうです。

 

このヤミ酒や密造酒を飲んでは悪酔いして暴れたり、暴力事件が起きたりと問題になっていました。こうした酒の密造問題に対処するために、アメリカ民政府の指導で民政府直轄の酒造工場(官営酒造工場)が5ヶ所出来ました。

  • 首里崎山町に首里酒造廠
  • 那覇市に真和志酒造廠(神村酒造の前身)
  • 金武村に伊芸酒造廠(崎山酒造廠の前身)
  • 羽地村に羽地酒造廠(龍泉酒造の前身)
  • 金武村の群島政府の工業試験場

昭和24年の官営が解かれたときに伊芸酒造廠が名前を崎山酒造廠として現在に至っているんですね。「廠」というのは官営の酒造工場時代の名残だったというわけです。

 

官営酒造工場は軍の施設や戦前の民間の酒造工場跡を利用しており、崎山酒造廠も元は米軍のコンセット(カマボコ型兵舎)だったことから屋根がカマボコ型なんだそう。沖縄の歴史と泡盛の歴史は切っても切り離せないですね。※官営酒造工場については「焼酎楽園Vol.36」を参考にさせていただきました。

 

崎山酒造廠さん 丁寧に説明して頂きましてありがとうございました。

 

追記

泡盛マイスターの筆記試験に合格して、次は実技試験に向けてテイスティング研修のために東京・沖縄に通っていた時期がありました。

これは沖縄でテイスティング研修を受けるのに絡めて、一気に6つの酒造所をまとめて見学した時の記事です。といっても2回目の酒造所見学なので突っ込んだ質問もできずに、読み返してみると恥ずかしいのですが、この頃はそんな感じだったなぁと懐かしく思えるので手を加えずにそのままにしています。

 

この日は残念ながら泡盛造りの様子を拝見することが出来ませんでした。たぶん土曜日だったからだと思います。土日を利用して沖縄に行っている身からすると、土曜日でも工場見学を受け付けていることはとてもありがたいのですが、せっかく行ったのに工場が動いていないのはもったいないという気分になるので、工場見学はできるだけ月曜日から金曜日にしようというきっかけになりました。 訪問日:2011年10月15日

文:泡盛マイスター伊藤 薫