最古であり最新!? 新里酒造

酒造所見学ツアー第5弾、またの名を「時々運転手 no 旅2013」の5蔵目はうるま市にある新里酒造さんです。

泡盛の酒造所では最古の蔵元で江戸時代から続く長い歴史を持つ酒造所ですが工場はわりと、いや・・・

かなり新しい!!

工場の中には綺麗なエレベーターまでありました(驚)。

エレベーターの中に貼ってあった「島旨」のポスターはよく見ると視力じゃなくて飲酒度チェック表。泡盛ファンのみなさん!大丈夫ですか?飲みすぎてませんか~?(笑)。

 

社長が沖縄国税事務所の鑑定官(日本酒畑)をされていたということもあって「かりゆし」に代表されるようなフルーティで飲みやすさにこだわったライトな泡盛も生み出されています。

日本酒を醸造するのに適した山田錦ですが泡盛の古酒造りには向かなかったという泡盛造りの試行錯誤にまつわる逸話も聞くことができました。


これはいったい何でしょう?

見慣れた筈の泡盛の製造ラインなのにすごく違和感があります。サイズ感が・・・

デカ過ぎる!!

こうなると実物よりも説明用のパネルの方がわかりやすいですね。でも全部のパネルを撮らなかったのでこれはこれでわかりにくくて、すみません^_^;

逆にわかりやすかったのはこのもろみタンクです。

 

ひと目で何日目のもろみなのかがわかるようになっています。これは酒造所の方のためというよりも見学者のためなんでしょうか??親切すぎる(笑)。

 

こちらが新里酒造さんの蒸留器です。聞くのを忘れてしまいましたがどちらかが減圧式蒸留器なんでしょうね。

瓶詰めの設備は衛生面も品質管理ともに抜かりなし!という感じです。 

さすがISO9001を取得されているだけのことはありますね~。

 

「お酒を出す前に度数、品種、タンクを確認しましょう」この注意書きをみると工場内の表示は見学者だけのためでもなさそうですね。

 

伝統だけでなく最新の設備を兼ね備えた新里酒造さんの泡盛が美味しいのは間違いないでしょうね。新里酒造様 お忙しい中、丁寧に説明して頂きましてありがとうございました。

追記

泡盛マイスターになって1年が過ぎて、泡盛の酒造所見学にも拍車がかかって来た頃でした。家族旅行がメインで沖縄に行ったんですが、家族旅行に絡めて(家族を巻き込んで)一気に6つの酒造所をまとめて見学した時の記事です。

 

新里酒造さんへも家族を巻き込んでお邪魔しました。巻き込まれた家族は前日にお邪魔した山川酒造さんの見学でコツが掴めたのか工場見学を楽しんだようでした。

 

中でも試飲をしている時が一番楽しそうだったので血はやっぱり争えませんね(笑)。訪問日:2013年11月12日


ペリーも泡盛がお好き!?

「ペリー艦隊日本遠征記 上下(翻訳:㈱オフィス宮崎/(有)万来舎)」

1853年、開国を要求するために日本にやって来たペリー御一行ですが、浦賀に来る前に琉球(沖縄)で泡盛を一杯ひっかけてからやってきたということをご存知でしょうか?(^^)

 

泡盛マイスター教本からの抜粋になりますが・・・ 

 

ペリー秘書官テイラーは手記の中で「小さな盃に注がれた酒が出されたが、この酒はこれまでの島で味わったものに比べてはるかに芳醇なものだった。醸造が古くて、まろやかに熟しており、きつくて甘味のあるどろっとした舌触りで、いくらかフランス製のリキュール酒に似ている」・・・と言っています。

 

察するにペリー提督は琉球王朝から素晴らしい泡盛の古酒でおもてなしを受けたということのようです。

 

現存する泡盛の酒造所で最も古い新里酒造さんは1846年創業なので創業約160年ということになります。以前泡盛セミナーでペリー提督が飲んだ泡盛は新里酒造の泡盛かもしれないなんて話を伺いました。

 

ペリー提督も「古酒琉球」を飲んだのかななんて考えるとロマンが膨らみますね(^^)

 

日本が日米和親条約を結んだように1854年に琉球も「琉米修好条約」を結ぶわけですが、その間ペリー艦隊は計5回も琉球を訪れているみたいですね。そんなに滞在していたらさぞ泡盛の酒造所巡りも数をこなせたでしょうね。←違うか!笑

  • 1853年5月26日~6月9日
  • 1853年6月23日~7月2日
  • 1853年7月25日~8月1日
  • 1854年1月20日~2月7日
  • 1854年7月 1日~7月17日

これを機会に一度読んでみるのも面白いかなと思いGWに「ペリー艦隊日本遠征記 上下(翻訳:㈱オフィス宮崎/(有)万来舎)」にチャレンジしてみました。

1,100頁を超えるボリュームのため貴重なGWの時間の大部分を費やしてしまいましたが、泡盛バカとしてはこんなGWの過ごし方も良しとしましょうか。

 

まあでもボリュームの割には泡盛についての記述はほんの少しだったので、泡盛目線で読むにはお勧めできません。